2016年 11月 11日
作品から出火し死亡事故

現代美術作品を見ることが多いが、
この事故でワタクシも、安全に対する意識が不足していたことに気づかされた。
発火や火災、転落、崩落や倒壊、感電などの恐れがある作品がこれまでいくつもあった。
屋外あるいは閉鎖空間、狭隘な暗闇などでのインスタレーションには危険がたくさん。
古い建築物を展示場に利用する作品も改めて考えると心配な面も多い。
アーティストも作品も自由でなければならない。
だから、事故を防ぐことは自由を守ることでもある。
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形態様式にあらかじめ制約限定があるはずのものではない、と思うひとが新しい表現に挑む。公認の形態様式から離れると、通念の束である社会とぶつかる(無視される)ことになるから、芸術美術の可能性が広がる(しぼむ)。
社会が束ねた通念には物理的公序良俗的著作権的等々の安全がセットされているから、それから離れようとすることは危険と抱き合わせ、精神的にリスクを引き受けますというだけでは済まない配慮、あれこれへの目配りと言いがかりを受けたら喧嘩します(勝てないまでも負けません)というベンチャー精神が不可避となる。
だがしかし現在、憲法を守ろうという趣旨の出展が排除されたりしている。これは二重の意味で、憲法に反する事態でしょう。「安全通念」がどの面において、どんな意味で、誰にとってのものか、誰が誰に対して主張執行してよいものか、ということがちゃんと吟味されなくてはならない。

